ただいま! 日本に帰ってきました時差ボケは無いものの日本が異常気象のようでびっくりです ![]() ![]() ![]() ![]() 暑いと思えば寒くなったり今度は台風と見間違えるような大雨になったり やっぱり異常気象なんでしょうね 大変な被害が出ているようです。。コケコの住まいの方も暴雨です 。。 またもや災害の中の皆様に。。合掌 ジンバランの海 8月22日 成田を出て一路バリ島 へ飛び立ちました今回も娘とのブラ〜リ〜放浪の旅でした ![]() 娘 我が家の娘 はお盆休みが無く、やっと取れた夏休みでしたとにかくブラ〜リ〜ゆった〜り 思い切りリラックスしたいという娘。。 急遽思い立ったのがバリ島でのゆる〜〜り旅でした いわば私はお供の召使。。しか〜し 蓋を開ければしてやったり。。主人公はコケコなのだ。。。 召使は娘なのだ! ハハハ。。。 < 語学の勉強中 >語学がなかなか堪能な娘は英語には不自由ないのです。。 同時通訳目指して勉強中でもあります。 高校生の時に1年間のドイツ留学のおかげですっかり逞しくなってしまいました。 逞し過ぎる 。。。んですが。。<秘境の旅> 秘境の旅が好きで、タイの山岳民族のカレン族と寝起きをともにしたり、 トルコを彷徨いチュ二ジア(アフリカ)へ飛びとひたすらバックパッカーの旅 仕事ではニューヨークの国連へ飛んだり。。。 ![]() 親もタジタジの国際人というか。。野生に近ずいているというか。。。トホホです 今の子どもは生まれながらにして国境がない? とっても素敵なことですね そんな娘も26歳。。 「彼氏は?」 「いる」 「結婚するの?」 「そのうち」ここまで自立しちゃった娘だからあまり追及しないほうが良さそう。。 とにかく昨年の上海旅行から始まり沖縄、そして今回のバリの旅.と。。3回の娘との旅になるわけですがいずれも個人旅行なので頼りは娘のみ。。 楽しんじゃってるな〜コケコ ![]() 今日は楽しかった旅のお話前にリハビリ日記に書き込みながら近況をまとめておこうと思います<思いのままに> ウブド 棚田 (ライステラス) 最初の乳癌の記録 <転移> 転移の治療から一年4ヶ月が過ぎようとしています 5年前に腋下リンパ節転移に気ずくが無治療でした 3年前あたりから様々な症状が出てきましたが、乳癌との関連であろうと解っていたもののそのつどの対処療法で難を乗り切りきってしまったようです そして2年前あたりからただ事ではない症状になりました 一年4ヵ月前から治療が始まり現在に至っていますこのあたりのことを 年代を追ってきちんとまとめておこうと思いますが。。 < 今? > 今? 生きていて良かった。。。![]() 今? こんなに幸せ。。。 ![]() 先はわからないまま。。相変わらずの未知の世界に迷い込んでいるコケコですでも元気にカメラを持って旅している自分を遠くの自分が微笑んでいる <一つずつ違う癌> 癌とは人、一人一人の顔や性格が違うように一派からげて語ることは出来ないと思っています だって。。今穏やかで何事も無くて急に暴れだすのも癌。。 末期で諦めるしかない状況の人が何年も生きられている。。こんな不思議があるのも癌 <死亡率1位?> 色々な情報があって混乱してしまいます でもね毎年60万人が新たな癌に罹患し、毎年30万人の死者数 死亡原因トップの癌なんだってこと。。知ってた? やっぱり楽観しながらもこの数字が物語る現実は驚きでもあるけど恐怖でもあるよね。。 ジンバランの海 <病気で知ること。。> 病気っていやだね。。病気になって初めて気がつくこともいっぱいある少しだけ 人の痛みが解った気もしている 大変な状況の人がいっぱいいることも知った 今私がこのブログに向かって発信したいことは何なんだろうと思う。。 「先は見えないけど 今を生きている」「自分の中では今は幸せに満ちている」 だから諦めないで。。のんびり行こうよ。。きっとコケコが伝えたいことってこんなことかもしれない 1997年 7月 初発乳がん罹患この頃の記憶は曖昧 V期の乳癌 (生存率50%と言われちゃった) 左腋下リンパ節に3箇所転移 腫瘍が大きいので先に化学療法で縮小ができ温存が可能になる 温存後には放射線で25日照射とごくスタンダードな温存の治療でした コケコはダンス(バレエ・コンテンポラリー)が趣味だったので温存にこだわりました。 医者から温存は無理といわれたものの、自分から化学療法で縮小できたらという希望を提示したのです Vクールの抗癌剤で縮小でき脇のリンパ節のしこりも2つ消え、 1つは残っているものの小さくなったので温存が可能な状態になりました しかしもともと胸が大きくなく腫瘍も乳首に近い位置だったために、温存しても温存にならないかもしれないということを告げられました 結果は温存できました。。小さいままに(笑) そしてリンパ節郭清はしませんでした。。この頃はセンチネンタルリンパ節郭清は確立していませんでした リンパ節の郭清によるリンパ浮腫に陥ってってしまう危惧が嫌ということもありましたが、リンパ節はある意味で癌の遠隔転移を阻止できる防波堤になるのではないかということを本で読んだからでした取ってしまうことでバリアが無くなってしまうのではないか。。。こんな風に思ったからでした。 考えて見ればコケコは自分の意志というか主張が強いなあ。。。![]() 独断と偏見と自己流の考えかもしれないが。。 このときは自分の思いをかなえた満足感に満たされました ドクターも温存派のスペシャリストでもありましたから話を丁寧に聞いてくれたと思います <癌はやっぱり怖い> でも入院中に再発転移で亡くなった方もあり。。温存は無理な方もあり。。 他の癌を併発していて大変な状況の方もあり。。 やっぱり癌って悪もんで一筋縄では締められない病なんだなあと思い知らされました <医者嫌い> コケコはなぜ医者嫌いかというと、二人の子どもを帝王切開で出産した時の嫌な記憶があるからなんです。 医者は自分の体ではないことで案外患者をぞんざいに扱っていないだろうか。。 大きな大学病院だったので 多くのインターンや学生が見ていたようだった。。 執刀したのは誰だったの? 麻酔で呼吸困難にもなりました。。 実験台さながらの状況だったから。。 それに2回の切開は身体に大きな負担だった。。傷の痛みがとれるには5年かかったのですから。 美容上のことも含めて大きなリスクを負っていかなければならないのです <インフォームド・コンセント> インフォームドコンセントはとても重要なことだと思うのです 縦に切るか横に切るか。。コケコは縦にばっさり。。 おかげでビキニは着られません( 汗)切らないで出来る治療方の提示は? 術後のリスクは? 後遺症は? これらのことを詳しく話してくれる医者は10年前以前には皆無でした 患者は医者の云われたとおりの治療に従がわざるを得ない時代だったようにおもいます。 <セカンド・サード・オピニオン> コケコが温存にたどり着くのもサードオピニオンまでの流れがありましたその頃のことは「お馬鹿日記」に書いてあるもののあっちこっち飛んでしまっているようです <医者の言葉> いきなり 「悪性です。胸を取りましょう」とさらりと言われる事は女性にとってどんなにショックなことでしょうか。。きっと男性である外科医には計りしることができないのでしょう。。 このときに「温存」という方法が提示されたならどんなに心休まったことか。。 <医者に求めるもの> でも考えてみれば医者だって商売ですものものね。。商売?って考えるのもいやなものですが。。 外科医だったら切って切って切りまくるのが仕事ですもの。。 自分の腕を試すことのできる患者が目の前にいれば手薬煉引いてしまうのがみえてしまいます。。 かといって、そんなことは一該には言えませんが。。緊急の救急医療で助かった命もいっぱいあります 必死に応戦してくれる救命現場には頭が下がります <辛口コケコ> 今日のコケコは辛口です(笑) 医療に期待と失望の両方を感じています 癌においては今はインフォームドコンセントもほとんど実践されています。。と思います医療を選ぶ時代です。。患者が勉強しなければ選べなくなってきているのではないでしょうか どんな治療方法があるかのスタンダードのラインだけでも掴んでおいたほうが良いのではないかと思えます 過剰な医療に押しつぶされることもあるでしょう。。 無知なためにせっかくの命を絶つはめになることもあります 薬害だっていっぱいです 副作用死だってまだまだ多いのです 抗癌剤も効果の期待が大げさな部分があります しなくていい治療。。しなくてはいけない治療もあります わらをも掴みたくなる心情につけ込む商売がはびこっています<自分で選ぶ> 患者になってみるとこの過剰な情報の中から自分に適した処置を選ぶことは余程の知識が必要になってきます でも死の恐怖にさいなまされている患者には勉強する気力も無いのが現実ではないでしょうか コケコもしかりでした。。あわてふためき周りが見えなくなる自分。。哀しみに打ちひしがれ心は周りから孤立していきます こんな時に自分の一番近い人の落ち着きが一番なのかも知れません だから皆があわててしまったら お医者さんにこの役割をしてもらいたいのです でも日本の現状って案外冷ややかだな〜と思います自分の家族や自分が癌にでもならならなきゃ患者の気持ちもわからない医者が多いと思います コケコはその辺においては冷やかで覚めています(笑)お医者さんには過剰な期待をしないという気持ちです きっと自分の望むようなお医者さんに巡りあっていないからかもしれませんお医者さんの大変さも解るだけに複雑です そして再発転移後の心の持ちよう。。再発・転移後の大きな問題だとおもっています 癌と戦わなくてはいけなくなるのはこの再発転移後からなのだと思うからです 不幸にして初発時に転移を発見される場合も有ります<再発・転移とは> 現実的には 再発転移後は完治はありえないのですそれは何千人に一人の確率ぐらいの統計で癌の寛解が有ることもあるそうです でも「X X Xで癌が消滅した」なんて本がやたらに出回っています 私たち患者はこんなにも完治しているのかと情報に振り回されてしまいます 自分も治るのではないかと期待をしてしまいます でも実際は何千分の1の確立。。ほとんど無いのです <命の長さは予測できない> でも命の長さは違います。予測がつきません だから患者になったら奇跡を信じるよりも長く生きることを考えたらいいのではないでしょうか。。これはそうは言っても大変なことかもしれません。。。心は複雑です そして痛みの対処も大きな問題になってきました これらのことはこれからコケコが自ら体験しつつ考え、学んでいかなくてはいけません <今の状態> ![]() 今は左の首から肩、腕と鈍痛 痺れで麻痺の状態が続いています 造骨のように鎖骨が腫れたまま。。変形しています 足も両膝が浮腫んでいます 水 が相変わらず溜まっているようです ペット検査では右鎖骨上にリンパ節転移の腫瘍が2つくっきり出てしまいました 小さな腫瘍と化してしまったのか無くなってしまったのか40個ぐらいあった鎖骨下の腫瘍は映りませんでした 凄く嬉しい反面に鎖骨上のリンパ節に集約されたようでどうもしっくりいきません鎖骨上は良くありませんから。。。W期の状態と分類されています 要観察状態です 変性をきたしている左首、肩、腕にかけては処置ができません 癌難民になってしまいそうです。。既になっているのかもしれません 整形外科でも癌性の為に通常の処置や治療は適応外になってしまうようで先生は難色を示します今までどおり痛みの対処とリハビリ運動を続けています どんどん変化しているようで状態の把握ができていません 薬も今までどおり「ノルバデックス」20ミリです<乳癌は薬剤に反応しやすい?> 乳癌は 抗癌剤やホルモン剤にとってもよく反応しますしかし一人一人に反応の仕方が違います だから自分の癌の性質を調べてからベストの治療法を選択しなければなりません初発で完治できればいいのですがからくも再発転移になってしまっても諦めないで。。 気長につきあう覚悟を持つことが一番とおもいます 乳がんの場合は転移してもだらだらと消滅したりぶり返したりと息が長いのです。コケコも消えたり出たりを何回も経験しています。 だから諦めないで。。希望をもつことから出発だと思います 乳癌だけではなく他の癌にも言えることだとおもいます <コケコの場合> 今はホルモン剤が反応してくれています。。 今ここにコケコが存在できている唯一の薬だから感謝しています 腫瘍は増えたり減ったり 大きくなったり、小さくなったり。。そのつど喜んだり悲しんだりしています 痛みも体調や状況によって増減があります けっこうこの気長に付き合うのってしんどい時がいっぱいあります 時々は先の見えない不安に押しつぶされそうになります 癌であることを否定したくなったりします でも痛みや麻痺の現実がいつもこの癌であることを思い知らせてくれるのです 少しずつ、少しずつですがこんな不安や哀しみが心を支配した時にはどうしたらいいかが解ってきました 昨年の夏までは ずっと痛みに泣いていました 今は全て自分のペースで動いています今はとことん生きようと思う気持ちがわいてきています <振り返ると> おばあちゃんが我が家に来てからコケコの体調はどんどん狂いはじめたようにおもいます![]() おばあちゃんが来る前に転移をわかっていたにもかかわらず無治療で安穏としていたコケコですから、おばあちゃんのせいにするにはおばあちゃんに申し訳ないのですが。。 ![]() でもストレスは大きな要因だってことは解ったような気がします きっと免疫システムがダウンしてしまうのではないでしょうか。また自己判断ですが。。 認知症のおばあちゃんのお世話は大変なことです。。 こんなことも知りました<3年前>には肺や心臓に、お腹にも水が溜まりました 呼吸が苦しく歩くのも喋るのも大変でした。でも近所の内科で対処してもらえ利尿剤で一命を取り留めました。 そのつど癌の転移の末期と諦めましたが。。強運のコケコなのか無頓着なのか。。 お医者さんも癌の知識が無かったのが幸いだったのかもしれません(笑) この頃体調は良くなかったのでしょうね。。骨折ばかりしてましたでも結構暢気に仕事をこなしていました お医者さんから言わせると「よく生きている」と笑われちゃったぐらい。。。<混乱・痛み・呼吸困難> 色々なことがいっぱいあって混乱状態の時もありました。 痛みで泣いていた時期は辛かった。 家族に心配かけちゃった時期でもありました 呼吸が出来ない苦しみも知りました。 歩けない。。頑張れない。。戦えない。。 体が萎えていく恐怖と死の恐怖に怯えた頃でした。。 <どう過ごす?> 今どうやって過ごすのがいいのか少しずつ学んでいるような気もしています諦めないで。。楽しく。。笑って。。泣いて。。動いて。。喋って。。 こうやって夢中になれるブログに向き合って。。 たまには自分の内なる声を静かに聞いて受け止めてあげる。。 医療にも希望を持って、新薬にも。。 <希望> 本当は一番の希望は医療者の優しい思いやり。。 これって本当に患者にとっては一番の薬だとおもっている。。 家族や友人や周りの人にとっても一番だよね 混乱や哀しみや不安は患者だけのもんではないんだもん。。 どんな時も支えがあるから立ち治れるるんだとコケコは思っている <諦めない> そして諦めない。。 コケコの癌は出たり入ったりいそがしいのです(笑) 癌だけではなく病気そのものは体と心が一つにつながっているようにおもう。。 心が悲鳴をあげたり、サインをだしてくれているのかもしれない。。 <不思議 > 身体は不思議です。。 癌についてだって解ってないことだらけ。。 自然退縮するがん細胞があり、増殖するがん細胞、因果関係、メカニズム。。 全ては未知のまま。。 <今を。。> 解ってないことに悩むより今を歩こう ![]() 旅っていい 人って凄い 歩くたびに発見しますそして旅たちました 成田発11:00の出発。 直行便リムジンバスに乗って9時までに成田へ。。 我が家から成田までが遠いのです。 約3時間かかります 5時におきてサンドウィッチを作り それを持っていざ出発 どんな島なのだろうか バリ人って![]() 頭を掠めるこれからの旅を思い浮かべながら。。。。ぐうううう〜〜〜 ![]() 朝が早かったせいかすっかり何処でも二人でグウウウ 〜〜とねてしまう気がつけばバリ の夕刻の風景 あとがき まだバリの海・人・風景がやきついたままです バリの旅をまとめる前に思いのままを書きとめました またまた独り言の覚書です。 お返事はできませんがコメント蘭はオープンです。。 そして長い夏休みをしました。 秋風がふき始めました。。再開できたこと、皆様とコミュニケーションできる喜びに溢れています。 また今までと変わりなく宜しくお願い致します |
| << 前記事(2008/08/12) | トップへ | 後記事(2008/09/03)>> |
| タイトル (本文) | ブログ名/日時 |
|---|
| 内 容 | ニックネーム/日時 |
|---|---|
国際人の素敵な娘さん…流暢な英語は羨ましく、頼りになりますね。 |
yurika 2008/08/31 15:48 |
明るい人たちですね。こんな人たちであえてとことん生きてみようとおもうコケコさん。すばらしいですね。よみながら涙でした。 |
森の生活 2008/08/31 15:56 |
お帰りなさいませ。 |
クロゼット☆ライター 2008/08/31 16:16 |
お帰りなさい(^0_0^) |
やろい 2008/08/31 17:41 |
おかえりなさーい。 |
イッシー 2008/08/31 22:19 |
おかえりなさい!! |
kou 2008/09/02 10:05 |
こんにちは(^_^) |
ウメ 2008/09/02 19:48 |
無事にお帰りになったようで安心いたしました!お帰りなさい! |
ふうらん 2008/09/03 19:26 |
おかえりなさい。 |
風鈴 2008/09/03 20:41 |
今日は、コケコさん、お元気ですか。強いコケコさんを、感じました。ひたむきに生きる、強い女性を見た思いで、感動しました。自分を客観的に見られる女性は、そうは多くありません。山あり谷ありの半生は、わたしの半生と見比べても、壮絶!肉親との感情の行き違いのストレスが、あなたのガンの引き金になったのも、うなづけます。それでも、あなたは生き続ける。これからも、前に前に生き続けると思います。多くの感動を、これからも示してください。勇気あるコケコさんを、わたしたちはいつまでも応援します。 |
Donatadeshoka 2008/09/04 19:57 |
かつての山仲間に乳癌と闘っている人が居ました。 |
ミニミニ放送局 2008/09/04 21:44 |
何回も、コメントくださいまして、ありがとう。私は貴女を知って、喜んで伺ってます。あまり気にしないで、気分がいい時だけに、貴女コメントされてたでしょ、ランダムにをお守りくださいね。 |
しじみ 2008/09/06 09:53 |
コケコさん、お帰りなさい☆彡〜☆彡 |
つんちゃん 2008/09/07 14:42 |
いつもの素敵なコメントに益々元気を頂いています。 |
コケコより皆様へ 2008/09/28 12:40 |
| << 前記事(2008/08/12) | トップへ | 後記事(2008/09/03)>> |